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「さかあがりができた!」 Tさんの物語

2007/12/03 (月) 17:24

「さかあがりができる人?」私がそう投げかけると、元気よく手を上げたのはなんと22人中6人の子どもだけでした。3年生の鉄棒の授業のひとこまです。
私が先生になった初々しい頃は、できる子の中にできない子どもが数人いる、という感じでしたが、今ではできる子をさがす方が大変になりました。
ですから、さかあがりを中心として授業をすることなど難しくなってきました。
 「よし、先生と一緒に練習しよう!」とは言ってはみたものの、昔と違い、これだけできない子が多ければ、私の体は一つしかないし、さてどうしたものかと困ってしまいました。
  そこで私は、「短期間でできそうな子」にねらいを定め、その中でも熱心に休み時間ごとに練習に来るMさんら数名を集中的に特訓しました。
もちろん、他の子にも聞こえるようにコツや練習のポイントを大きな声で言います。
少しでも変化があれば、大げさにほめることで、競争心をあおりました。
さかあがりがすでにできる子も、私が練習に参加しているので手伝いにきてくれていました。
とにかく一人でも二人でもさかあがりをさせてしまえば、他の子もそれに続こうと盛り上がってきます。
さかあがりを練習する子にとって一番つらいのは、「できそうな気がしないこと」です。
とうていできそうにもないのに、どたんばたんと落ちるのを繰り返すのはつらいものです。
ですから、DVDで紹介しているような簡単な練習から、難しい練習まで、手を変え、品を変え、いろいろな練習に取り組むことで「できるような気」にさせてあげることが大切になってきます。
また、先生が「きみも絶対できる!」と自信を持って言ってあげることも、子どもが意欲を長続きさせるために必要なことです。この先生の言葉はうそではありません。練習さえやめなければ、さかあがりはいつかは絶対にできるのですから…
  負けず嫌いのMさんが10日あまりでさかあがりに成功すると、俄然教室は盛り上がりました。次々と休み時間にチャレンジする子が増え、成功する度に歓 声が上がりました。給食の時間は、成功した友達のために牛乳で乾杯してお祝いしました。友だちと一緒に真剣に練習に取り組み、真剣に悩み、そして、友達が できるようになったことを自分のことのように飛び上がって喜ぶ。こんな仲間とのすばらしい関わりが見られるようになりました。その中で、おとなしいTさん はいつもすみっこの方で練習をしていました。
Tさんは学校ではほとんど発言がなく、友だちともほとんど会話がありませんでした。
私への意思表示もほとんどなく、私の言うことにどうにか頷くことができるといった状態でした。
そんなTさんが、隅のほうで練習をしているのを私は気づいていました。
強制もしていない休み時間の練習にたとえ目立たないすみっこのほうであっても、練習しに来ていることこそ彼女の最大の意思表示でしょう。「私もさかあがりができるようになりたい!」と…
 私が近づくとTさんは恥ずかしがって緊張してしまうので、遠くからたまに「Tさん!いいよ!」と声をかけました。そうすることで「先生は君のことをしっかり見ているよ」という気持ちをTさんに伝えました。
外遊びの少なかったTさんですが、友だちの輪の中に入って練習する日が続きました。Tさんの負けず嫌いの一面を発見することもできました。
  練習を始めて3週間ばかり経ったある日のこと、給食の用意を手伝っていた私のトレーナーの袖が引っ張られているのに気づきました。
Tさんだったのです。Tさんは私の耳元で「さかあがり…」とつぶやきました。
私はそれですべてを察しました。
Tさんがさかあがりができた!見に行こう!給食の用意も忘れて、運動場の鉄棒にTさんと私は走っていきました。振り返ると、クラスの友だちもいっぱいついてきていました。
Tさんが勢いよく地面を蹴った瞬間、おなかが鉄棒に引っかかりました。
力いっぱい体を起こすとTさんのいっぱいの笑顔が見えました。みんなはTさんに駆け寄って、腕をとって喜びました。もちろん、この後の給食では、Tさんのための牛乳での乾杯が行われたことは言うまでもありません。

Tさんのこれからの人生にとって、この出来事は小さな思い出のひとつに過ぎないかもしれません。
しかし、「がんばればできる。そして、がんばる私をみんなは見てくれている、応援してくれる」という経験は、Tさんの心の中にいつまでも輝き続けるのではないでしょうか。
そんな中にも、体育の役割の大きさが感じられるのです。

 


中島 清貴

 

 
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